大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

金沢地方裁判所 昭和33年(む)20号 判決

被告人 八代直仙こと 高手山庄吉郎

決  定

(被告人氏名略)

右の者に対する詐欺被告事件について、昭和三十三年一月二十日裁判官干場義秋がなした保釈許可の決定に対し、検察官から適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

原決定を取消す。

本件保釈の申請はこれを却下する。

理由

本件準抗告の理由は別紙記載のとおりである。

よつて、一件記録を検討するに、被告人は、昭和三十二年十二月二十八日、「(一)同年十一月上旬頃、石川県石川郡鶴来町本町一丁目ワ五十八番地呉服類商北村博已方において、同人に対しその三女北村賢美が夜尿症でしかも同人方の商売が繁昌しないのは同家の庭に小判が埋没されて悪い因縁となつているからだと申し向け、同人をして同家納屋前の庭に深さ一尺位の穴を堀らせた上、同人の隙に乗じ、予め隠し持つていた真鍮製小判及び古銅銭各十枚位をその穴の中へ埋め、右賢美にこれを探らせて、右小判及び古銅銭を堀り出させ、恰も自己の予言が適中したものの如く装つて信用させた後、右小判及び古銅銭は同人方についている悪い因縁であるため、被告人自ら他人の眼に触れない遠い川の中へ捨てて来ると虚構の事実を申し向けて右北村博已をしてその旨誤信せしめ、困つて同町北陸鉄道株式会社鶴来駅附近において、同人より右小判及び古銅銭を捨てに行くための旅費並に謝礼金名下に現金千円を交付させてこれを騙取し、(二)同月二十七日頃前記北村博巳方において、同人に対しその三女北村賢美の身体についている悪霊を取り除き同女の夜尿症を癒してやると申し向け、右北村博巳において同女の着物を着替えさせている隙に乗じ、予め隠し持つていた烏蛇二匹を蒲団の中へしのびこませた上、恰も真実同女の身体についていた悪霊が烏蛇と化して出て来た如く装つて蒲団の中より取り出した後、蛇は北村博巳と右三女の年令を合算した数の里程に当る米原附近に捨てなければならないが自分が行つて捨てて来ると申し向けて、同人をしてその旨誤信せしめ、因つて同日前記鶴来駅附近において、右博巳から米原駅附近迄の旅費の一部並に謝礼金名下に現金千円を交付させてこれを騙取した。」との二回に亘る詐欺罪の公訴事実で起訴され、これと同時に右公訴事実を基礎に刑事訴訟法第六十条第一項第二号第三号に該当するものとして勾留に付されていたところ、昭和三十三年一月十六日弁護人梨木作次郎が保釈の請求をなし、同月二十日裁判官干場義秋が保証金五万円を立てることを条件に保釈許可の決定を与えたことが明かである。

しかして、勾留されている被告人は、保釈を請求する権利を有し、請求を受けた裁判所又は裁判官は原則としてこれを許さなければならないが、刑事訴訟法第八十九条各号に該当する場合にはその例外をなしていること、且つ裁判所又は裁判官は公訴事実が同条各号に該当する場合であつてもその自由裁量により保釈を許すことができるが、諸般の事情から不相当と思料する時はこれを許すべきものでない。

これを本件においてみるに、検察官提出の資料によれば、被告人は、被害者北村博巳が三女賢美の夜尿症に悩み且つ家業の隆盛を望んでいるのを利用し、二十二才の頃より習得した加持祈祷に名を藉り巧妙な手口で前記勾留の基礎となつている詐欺罪の行為を二回に亘り犯しているものであること、既に同様手口の詐欺罪、準強姦罪等により、昭和十三年十月二十五日東京区裁判所において懲役二年に、昭和十六年七月十二日水戸地方裁判所土浦支部において懲役五年に、昭和二十六年一月五日名古屋地方裁判所で懲役七年に処せられていることが窺われる。右事実に徴するときは被告人はこの種詐欺事犯につき常習性を有するものというべきであり、従つて、被告人の右勾留の基礎となつている二件の詐欺罪は、その犯罪の性質、態様等からして、右のような習性の発現として行われたものと認めることができ、且つ同罪は長期三年以上の懲役にあたる罪であるから、結局刑事訴訟法第八十九条第三号に該当し、被告人はこれについて保釈を請求する権利を除外されるというべきである。

次に、検察官提出の資料によれば、被告人は、司法警察員及び検察官の取調べに当り、本件詐欺の被害者北村博巳が被告人のなした加持祈祷に対する報酬又は謝礼として金員を提供したものである旨供述して詐欺の犯意を否認していること、被告人の勾留尋問調書によれば、勾留尋問の際にも同様な弁解をしていることが認められること、更に前段説示のような本件公訴事実の罪質、態様、一件記録によつて窺われるように本件について未だ第一回公判期日も開始されず従つて証拠調も終了していないことを考え合わせると、被告人を釈放した場合には反対証拠を作為したりして証拠隠滅を図るおそれが充分にあるわけで、結局右事実は刑事訴訟法第八十九条第四号に該当し、被告人はこの点においても保釈を請求する権利を除外されるものといわねばならない。

なお、被告人には権利保釈が認められないとしても、いわゆる裁量保釈の余地がないかどうかについて考えてみるに、被告人には罪証隠滅の行動に出づる蓋然性があること及び常習として本件を犯したこと前示のとおりであり、且つ被告人が本件について勾留されたのは昭和三十二年十二月二十八日であつて勾留期間も不当に長きに及んでいないから、本件公訴事実の被害金額が僅か二千円の額であるとは言え、これについて保釈を許すのは当を得ないと考えられる。

以上の理由により本件について被告人に対し保釈を許可することは不相当であつて、この限りにおいて検察官の準抗告は理由があるから、刑事訴訟法第四百三十二条、第四百二十六条第二項に従い、原決定を取消し、本件保釈の申請を却下することとし、主文のとおり決定する。

(別紙略)

(裁判官 熊谷直之助 岩崎善四郎 柳原嘉一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例